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主要展示作品

「北国五色墨(花魁)」(ほっこくごしきずみ おいらん)大判錦絵 文化12年(1815)頃

本シリーズは5枚の揃物で、吉原で生活する5人の各階層の女性たちの立ち姿を描いたもの。30歳前後の国貞の画業を代表する秀作ぞろいです。本図は「呼び出し」に位する最高ランクの花魁の姿。斑(ふ)入りの鼈甲簪(べっこうかんざし)に見事な刺繍の前帯、金糸の流れる打掛(うちかけ)が一層豪華さを引き立てています。急いで部屋に戻ってきたところか、脱ぎ捨てた上草履(うわぞうり)の片方が見えています。(前期展示)

「北国五色墨(花魁)」
文化12年(1815)頃

「江戸自慢 四万六千日」(えどじまん しまんろくせんにち)大判錦絵 文政初期(1820年前後)

江戸の夏から初秋にかけての風物をコマ絵(本画の上部などに小さく描かれた絵)に描き、女性の夏姿を本画とする季節感あふれるシリーズ。本図のコマ絵は浅草寺の遠景。「四万六千日」とは旧暦七月九日・十日に行われる縁日で、現在は「ほおずき市」として知られています。背後で盛大に立ち上る蚊遣(かや)りの煙と、子供に引っ張られて解けかかった女性の帯の線の対比が印象的な構図の作品です。(前期展示)

「江戸自慢 四万六千日」
文政初期(1820年前後)

「新板錦絵当世美人合 杜若きどり」(しんぱんにしきえとうせいびじんあわせ とじゃくきどり)大判錦絵 文化12年(1815)頃

このシリーズは、花形役者をきどったさまざまな女性たちの姿を描いています。顔立ちも役者に似せてあり、一層、当時のファンを喜ばせたものでしょう。「杜若」とは、五代目岩井半四郎(1776-1847)の俳名で、この期を代表する女形でした。本図は、喧嘩した他の組から仲直りの酒が届けられたところ。中央の女性は、名女形を彷彿(ほうふつ)とさせる粋な姉御ぶりを発揮しています。(後期展示)

「新板錦絵当世美人合 杜若きどり」
文化12年(1815)頃

「当世三十弐相 ゑらい所のお娘御じゃ相」(とうせいさんじゅうにそう えらいところのおむすめごじゃそう)大判錦絵 文政初期(1820年前後)

「三十二相」とは、もともと仏教用語で仏の身に備わる三十二種の優れた相を意味しますが、浮世絵では女性の美しい相の譬えとして使われるようになりました。文政初期、国貞の半身像の最初の作品です。重そうな髪飾りに、緑色に光る口紅をさしていますが、まだ着物に肩上げが施してあります。背に垂らした蝶模様の飾りは、特に上方で町娘の愛らしさを表現する装いです。上方の裕福な商家のお嬢さんでしょう。(後期展示)

「当世三十弐相 ゑらい所のお娘御じゃ相」
文政初期(1820年前後)

「卯の花月」(うのはなづき)大判錦絵3枚続 江戸時代末期(19世紀半ば頃)

「卯の花月」とは陰暦四月の称。初鰹売りが長屋のおかみさんたちに囲まれて、丸々と太った新鮮な鰹をおろしている場面です。初物好きな江戸っ子たちが特に珍重したのが初鰹でした。おかみさんたちも待ちきれない様子でお皿を差し出しています。成田山講中の札や常磐津(ときわず)の看板など、それぞれの家のたたずまいも丁寧に描かれ、初夏の長屋の賑わいが画面一杯にあふれている作品です。(前期展示)

「卯の花月」
江戸時代末期(19世紀半ば頃)

「仁木弾正左衛門直則 五代目松本幸四郎 秋野亭錦升 後 錦紅」(ルにっきだんじょうざえもんなおのり ごだいめまつもとこうしろう しゅうやていきんしょう のち きんこう)大判錦絵 文久3年(1863)

錦昇堂(きんしょうどう)(恵比寿屋庄七(えびすやしょうしち))版の役者大首絵として有名な作品集の中の1図。本図は鼻高(はなたか)幸四郎の異名を持つ五代目松本幸四郎(1764-1838)の仁木弾正。仁木弾正とは歌舞伎「伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)」に登場する人物。伊達騒動(だてそうどう)の原田甲斐(はらだかい)がモデルとされ、五代目幸四郎の当たり役として名高い人物です。迫力あふれる表情と、量感ある衣服によって御家乗っ取りを企てるこの役の凄味を描き切っています。彫師・摺師の卓越した技量も光る名作です。(前期展示)

「仁木弾正左衛門直則 五代目松本幸四郎 秋野亭錦升 後 錦紅」
文久3年(1863)